あなたのそばにいたいだけ(A2)
笛というものは、音を鳴らすだけなら
特に難しいものではない
唇を当てて、息を吹き込み
小さな穴を指でふさぐだけ
しかし、旋律を奏でるとなると
まるで話が違ってくる
自分がこうして笛を吹くというのは
特別な事ではなく日常だと思っている
自分が魔力を込めて吹くと
その旋律は凶器となり、敵を砕く刃となる
美しいメロディだと言ってくれる人もいるが
戦場でのそれは、味方を癒すだけのものでもない
元来気優しい性格だというのは
自覚はある
マザーの元での戦闘訓練では
最後まで生き物を殺す事が出来なかったのだ
今、朱のマントを背負うようになったとはいえ
自分自身の性格が一新したとは
とても言えない
嫌気がさすことのほうが多い自分の性格
トレイさんのように自信に満ちたい
セブンさんのように強く優しくなりたい
そう言っていつも誰かの真似をしたいだけ
自分はいつだって
自分から逃げたいだけ
変わりたいと思うのに
変わる勇気も無い自分
ただ、一つだけ
変わらない事で自信が持てる事と言えば
それはもうずっと、何年も
抱き続けている恋心かもしれない
彼に恋をしている
それはまぎれも無い事実
いつだって
彼の事を目で追っている
彼が今、目の前を走って行く
その背中を追いながら
彼が傷つかないようにフォローする
彼の走る姿も
いつものベンチでうたた寝する姿も
「エースさん……どうか無事で」
たったその一言ですら
まだ伝えられないけれど
この旋律がせめて届けばと
自分の足元に炎の絨毯を敷き詰めてから
笛に込める呼吸を整えた
その気持ちをいつ伝えるか
この戦争が終わったら
平和になったら
そんな「もしも」をずっと
心の中で繰り返し想像している事で
いつの間にか
伝えるタイミングを図るより
伝えたい気持ちを心で反芻する方が
満たされるようになってしまった
自分が死ぬという事が無いのだと
何度も死んで思い知ったからかもしれない
「死ぬ事が無いから、覚悟が出来ないのかな?」
そんなことも考えはしたが
それは逃避だとやはり思った
伝える事が出来ないのは
自分に意気地が無いからだ
彼の綺麗な髪が揺れるのを見るたび
優しい歌声を聴く度
チョコボを見つめる優しい瞳を
遠目で追うたびに
どうしたって自分が
その隣に行って良いと思えないのだ
「いつか、死ぬ事があるとしたら……」
そう想像するしか無い
「エースさん、好きです」
そう言えるのだろうか
そんなことを考えると
胸が締め付けられたが
ふと見ると
先陣を切って走って行った彼が
急に立ち止まって振り返ったのだ
軽く息を弾ませ
額を軽く拭ってから
「デュースッ!! 大丈夫かっ!?」
そう叫んでくれた
ダメかもしれないと思った
今なら死んでもイイとさえ思ってしまった
「平気ですっ!! エースさ……」
あぁ
彼の名前を呼ぶだけでもうこんなに
満ち足りてしまうのに
彼が自分の名を呼んでくれるだけで
涙が出そうになってしまうのに
もうこれ以上の幸福は
自分には訪れないかもしれないと思ってさえしまう
どうか最後の瞬間まで
彼を好きでいたいと
私は願って止まないのだ
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